Jugendszenen.com ―― クリックひとつでわかる個人主義者たち

コスプレ、ゴシック、ウルトラス、デモシーン、BM、DM、さらにはヴィジュアル系まで ―― こういった言葉の意味がわからない人に、 www.jugendszenen.com のサイトはうってつけだ。
「こういうネット上の事典になんの意味があるのか、ほんとうに疑問に思うよ……だって、BMやDMには、興味のある人はあるし、ない人はないわけだろう。そして興味がなければ、こんなバカみたいなまとめを見たってなんにもならないじゃないか」ひとりのへヴィメタル・ファンがあるサイトにこう書きこみ、彼や仲間たちの属する「シーン」 ―― BMやDMを含めて ―― を説明しようと試みるあるサイトを批判した。
jugendszenen.com 5周年
www.jugendszenen.com には、誰が、どのように、どこで、なぜ、そのシーンに属するのかという問いへの答えがある。ロナルド・ヒッツラー教授率いるドルトムント大学一般社会学科が運営するこのウェブサイトは、たとえばBMはブラックメタルの、DMはデスメタルの略語であると解読してくれる。両者はそれぞれひとつのシーンとしてカテゴライズされており、「シーンカタログ」の欄に載っている。ここをクリックすれば、そのシーンの歴史、背景にあるイデオロギー、トレンド、そこに属する人間の考え方やライフスタイル、またシンボルや儀式などを説明したページをダウンロードすることができる。さらにここには、イベントや開催場所、そのシーンの構造やメディアでの取り上げかた、他のシーンとの関係までが載っている。詳しい説明の載った項目はサイト上に現在のところ21あり、わかりやすい構造になってはいるが、逆にそのあまりの明快さゆえに疑念も湧く。そもそも、意識的に誰にもわかる形でメインストリームから距離を置こうとする筋金入りの個人主義者たちで成り立っているこうしたシーンを、ひとつのカタログにまとめることなどできるのだろうかという疑問だ。ポータルサイトとその課題
サイト作製プロジェクトのコーディネーターであるダニエル・テーペ氏はこう語る。「シーンとは、音楽の様式、モードの様式、スポーツの種類などをめぐって形成されるものです」ドイツ・プレス・エージェント(dpa)に対してテーペ氏は、シーンという現象は1970年代に、共同体を作ることや楽しみを分かち合うことへの欲求から生まれたものだと語った。テーペ氏は21世紀最大のシーンとして、ドイツではヒップホップ、テクノ、スケーターなどのブームをあげる。さらにインターネットも常に新しい若者シーンを創出しているという。「主にインターネット上に存在するシーンもあります。たとえばオンラインのロールプレイングゲームなどです」とテーペ氏。こういったものはすべて「器」のようなものだという。「その器を、自分『独自の』生活理念への探求で満たすんです。言ってみれば器はその探求にひとつの形式を与えてくれるわけです」つまりドルトムント大学は、何年も前からこういった「器」を究明しようとしているのだ。
研究者たちは古典的な社会学の方法にのっとり、インタビューや観察を通して情報を獲得している。だが、サイト上のポートレートのなかには、シーンに属する者自身が書いたものも多い。それゆえ社会学者たちは彼らのポータルサイトを「シーン民族誌」ととらえている。それは学問としての社会学の知識を「技術的に、高度に複雑に」披露するものではなく、つまり見る者を萎縮させることを目的とするわけではない。「むしろ我々のサイトが目指すのは、ある人たちの行動を、その行動をとらない別の人たちに対して、多少なりともわかりやすく、理解しやすくすることです」このサイトは社会学者や教師のための情報交換場所、データの蓄積場所として考えられたものだが、同時にそのシーンに属する者たちも念頭に入れて作られている。そして彼らのほうでもサイトにじゅうぶんな興味を示し、注意深く読んだうえで批判を寄せる。たとえば自身のサイト上で、jugendszenen.com のスポンサーである音楽専門チャンネルMTVについて苦情を述べる者たちがいる。実際、ドルトムント大学の運営者たちは、彼らのウェブサイトが「シーンを対象にしたマーケティング戦略」のための基本知識を提供していることを認めている。とりわけあらゆる傾向の若者たちにアピールしたいと思っており、若者たちのさまざまな活動に関する具体的な概観を欲するテレビ局にとっては、このサイトはまさにうってつけだろう。
シーンとクリック
シーンに属する者たちの多くがこのサイトにアクセスし、活発な議論を交わす。「ゴシック・ロリータ(ゴスロリ)はヴィジュアル系から発生した。そしてヴィジュアル系はゴシックじゃない。そのバックバンドもゴシックバンドじゃない。これ書いた人、こういうものを発表する前に、まずはちゃんと調べてよ。ここには毎日何十人もが訪問して、こういう記述を真に受けるんだから」あるネットサーファーがユーザーコメント欄に jugendszene.com に対する怒りのコメントを載せた。また forum.schwarzes-wuerzburg といった別のポータルサイトの掲示板でも、jugendszene.com は話題になっている。「すでに言ったように、少なくともサイトの記事は『シーンの外の人』によって書かれたものではないよ。もしかしたらあれは親や教師のための『啓蒙サイト』としてできたのかもしれないし、おそらくウィキペディアよりはまじめに編集してあるだろう。僕は、これはパパやママが自分の子供がなにをしているのか知るためのサイトなんじゃないかとも思うよ。(人生の一時期、家族間のコミュニケーションがうまく取れなくなることは、なにも珍しいことじゃないから。)そういう目的には、このサイトみたいな『ステレオタイプ』な一覧方式のほうが合っているんだよ……たとえば想像できるのは、68年世代の過保護なママが、息子が、クロップと、サスペンダー付きのドメストスに、ドクターマーチンをはいているというだけの理由で外国人を殴るのを目撃しちゃうっていう状況だ……だけどこの惨めな坊やのほうは単なるOi!か、それどころかシャープかもしれないっていう落ちなんだ」こういった文章の引用は、それを説明、翻訳しようとする人間を文字通り「呼ぶ」ことになる。だがその呼びかけがどれほどの成果をあげているか、確かなことは誰にも判定できない。おそらくそれが一番うまくできるのは当のシーン自身だろう。だがこれらのシーンは、その性質上、世間に広く認知されることにはまったく興味を持っていない。彼らはむしろ世間から距離を置き、世間の目を避けるか、世間を批判する傾向にあるのだ。それに、そこに属する者たちがほんとうにみな同じ言葉を話し、同じスラングを使い、同じ思考を持つほど、こういったシーンは画一的なのだろうか? 彼らはほんとうに一ページのサイトにおさまる存在なのだろうか? こういったもろもろの問いが、ドイツでは多くの関心を集めている ―― なんといっても過去5年で80万人以上のユーザーがこのサイトを訪れたのだ。これらのシーンへの洞察や見解を求めて、または手もとから失われてしまったように思える息子や、別人になってしまったような娘を探してjugendsenen.comを訪れる人々がそこで見つけるのは、いくつかの興味深い事象であったり、さまざまなシーンへのちょっとした洞察であったりする。まさにクリックひとつでわかる ―― どこから見てもわかりにくい人たちの ―― 人生というわけだ。
主に環境および社会問題を扱うジャーナリスト、作家
翻訳 浅井晶子
著作権:ゲーテ・インスティテュート、オンライン編集部
2008年3月
















