洗練と機能性のドイツデザイン
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昨今、ミラノ、マイアミ、バーゼルなど世界の代表的なデザインフェアはどこも、いわゆるハイエンドなデザイン、つまり希少で高価でとりわけ限定的なデザインが主流になっている。この理念が広く一般に認められるようになって久しいが、それは、その背景をなしていた量産型工業製品への反動ともいえるだろう。しかし、この傾向にまったく無頓着なのは、機能性と成熟した技術に裏打ちされ、そしていかにもクールで実質本位のドイツデザインだけのようだ。 デザインの美術への接近という傾向は、世界中いたるところで見られる。なぜなら、グローバル化の時代にあって、華々しいものしか十分な注目を集めるチャンスはないのではないかと思われがちだからだ。古典的なインダストリアル・デザインはもう退陣の途上にあるという感じは、否みがたい。だが2008年ミラノ家具フェアでは、ちょっと違ったあり方もまだ可能なのではないかと思える出来事があった。新しいイベントを求めてやってくる人々はもちろん多いのだが、そのほかに、自分の職業を古風なまでにまじめに受け取っているデザイナーがいるのだ。たとえばコンスタンティン・グルチッチによるプランク社の椅子Mytoなどに、そうした生真面目さがうかがわれる。ミラノフェアのなかで彼のような例外現象が出てきたのはどういうことだろうか。 驚きのコンビネーション
出来不出来は別にして、スウィングタイプの椅子は多数あるが、当時まだ脆弱な素材だったプラスチックでスウィングタイプの椅子を作ったのはヴェルナー・パントンだった。40年前のことである。今ではさまざまな性質をもった新しいプラスチックが多数あり、新しいデザインや画期的な構造原理に活用できる。われわれの日常文化に新鮮な風を入れ、時代にふさわしいフォルムや製品をつくることは可能だ。グルチッチのもとでしばらく働いていたデザイナー、シュテファン・ディーツが同じ分野で活動しているのも、理由のないことではない。
ただしディーツの場合、この素材がデザインの起点になることが、グルチッチと比べてもさらに多い。彼は研究者のように熱心にこの素材の可能性を探り、驚きのコンビネーションに行き着く。しかしこれらは、決してそれ自身が目的になるのではなく、むしろ、ローゼンタール社向けに彼がデザインしたgenioシリーズのように、新しい製品カテゴリーの開発に役立てるのが目的である。 このシリーズでは、調理と盛り付けが同じフォルムでできるように、磁器と金属を組み合わせたのである。ディーツの製品はつねに説得力があり、細かいところまで徹底してユーザー本位にデザインされている。また最近はトーネット社向けに、曲げ木の椅子Form 404のデザインを担当した。こうしてディーツは、モダンデザインのビッグネームが居並ぶ分野で、素材からもフォルムからも新しいものを引き出し、画期的な試みを形にすることに成功した。そのデザインは、曲げ木椅子の伝統を示す数々の古典作品のなかに、当り前のように数えられるはずであり、それが強みでもあるのだ。 人々のためのソリューションデザイン
ディーツやグルチッチは長らくいくつものデザイン賞に輝き、国際的に高い評価を受けている。だが彼らも、同世代の多くのドイツ人デザイナーと同様、ドイツ特有のデザイン観の伝統に立っている。いささか単純に図式化するなら、デザインとは何よりもまず人々の様々な問題解決のためにあるとする20 世紀初頭の考え方に立脚しているのである。1907 年設立のドイツ工作連盟、1920 年代のバウハウスおよび1950 年代・60 年代のウルム造形大学は、人々の生活環境全般と取り組むというアイディアを追求したモダンデザインの代表的機関であった。ドイツ・デザイン・カウンシル、シュトゥットガルト・デザインセンターおよびベルリン国際デザインセンター等のデザイン振興機関は、50 年以上もこのメッセージを広く発信し続けている。デザインとは、人と製品との相互作用における問題解決策であり、より高い次元では、現代の工業化社会の社会文化的な変化に対応する解決策である、というメッセージだ。このデザインの位置付けが、見るからにクールで実質本位なドイツデザインを今日も支えている。 |
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クールで実質本位の美しさ
ドイツのプロダクトデザインはこれまでも、感情を前面に押し出すものはほとんど例外といっていいほどである。ポルシェ911のように人の心を訴える力を誰もが認める製品でさえ、そのデザイナー、フェルディナンド・アレクサンダー・ポルシェは、できるだけニュートラルな車をデザインしようと考えていたという。これは結局成功することなく、逆に一種のアイドル車を生み出したのだが。そのフォルムは今日まで45 年も大きく変わることなく生き続けてきた。シュトゥットガルト生まれのこのスポーツカー以外にも、多数のロングセラー商品がドイツデザインのイメージを形作っている。ペーター・ラーケのカトラリー「mono a」シリーズ (1959)、ギュンター・クペッツのミネラルウォーターのボトル (1969)、またはロルフ・ハイデのインターリュプケ社システムシェルフSL (1963) などは、すっきりしたデザインと飽きのこないその外観によって、日用品の分野でまさに名品として知られている。
最新の素材
その無駄のないデザインによって、ドイツデザインは国際的にもすぐさま高い評価を受けることとなった。多くの消費財や生産財用のブランドが世界的に成功を収めたのも、これらが他の欧米先進諸国でそのまま使用可能だったという理由による。金属、成形合板、プラスチックおよびガラスがドイツデザインの主な素材だ。これらは世界中の先進国で使用されており、無国籍の素材であるがゆえにいっそう強い象徴性を発揮する。グローバル化時代のプロダクトデザインに関する議論が活発になる以前に、現実にそのような製品が存在していたというわけである。 ドイツデザインに対する国際的関心
近年、ドイツデザインにはふたたび国際的に注目が集まっている。たとえばアップル社のiPodの場合、どんなデザインが適しているかという指示を内蔵マイクロチップが出すわけではないので、どんな形でもよかったはずだ。しかしイギリスのデザイナー、ジョナサン・アイヴがiPod に採用したフォルムは、1960 年代ディーター・ラムスがデザインしたブラウン社の製品を髣髴とさせるものだった。また、世界のデザイン業界の目をふたたびドイツに引きつけた製品は、ペーター・シュライヤーのアウディTT (1998) だろう。シュライヤーは、前世紀のクラシックモダンと見紛うようなポストモダンの車をデザインしてみせた。円をモチーフにした徹底的にシンプルなデザインのこの車は、まるでバウハウスの未来デザイン工房から抜け出してきたかのようだ。
企業ブランドが牽引役
ドイツデザインの控えめな外観は、依然としてもっとも顕著な特性の一つだ。このことは、製品そのものだけでなく、それらのデザイナーにもあてはまる。いかにもアーティスト然として前面に出るデザイナーは昔も今もほんの一握りに過ぎない。本国イタリアではいつも議論の対象となるルイジ・コラーニは、その例外の一人といえるだろう。ファッション業界ではジル・サンダーが挙げられる。しかし工業製品の代表的ミニマリスト、ディーター・ラムスでさえ国際的なデザイン業界の有名人ではあっても、一般的にはそれほど知られているわけではない。前述のコンスタンティン・グルチッチも次世代のそのようなデザイナーの一人であろう。ドイツデザインを担う主体は、今も昔も製品ブランドである。アウディ、BMW、メルセデス・ベンツ、ドルンブラハト、エルコ、インターリュプケ、ミーレ、ローゼンタール、WMFなどの例をとっても、これらは何よりもまず製品ブランドであり、デザイナーの名前が表に出ることはない。 デザイナーは隠れた存在で、知る人はほんの僅かに過ぎない。製品を見ただけでまずブランド名が頭に浮かぶほどの強いブランド性は他の国ではまず見られないだろう。これこそがドイツデザインの特徴だ。ドイツブランドはその比類のないデザインによって、世界中の顧客に魅力的な価値やライフスタイル、人の心をつかむモデルを発信する。華々しくはないがつねに身元がたしかな製品で国際的な競争を勝ち抜いているのである。 |
アンドレイ・クペッツ
ドイツ・デザイン・カウンシル所長・専門部長、 ツォルフェライン・スクール・オブ・マネジメント・アンド・デザイン学長。 デザイン誌『デザイン・リポート』『フォルム』などに執筆している
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2008年10月
ドイツ・デザイン・カウンシル所長・専門部長、 ツォルフェライン・スクール・オブ・マネジメント・アンド・デザイン学長。 デザイン誌『デザイン・リポート』『フォルム』などに執筆している
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2008年10月














