コミックシーン

ドイツのコミックが帰ってきた ― 過去20年間のコミック作家の動向

ドイツは再びコミックの世界地図に記載されるようになりました。東ベルリンのコミック作家グループから、ドイツの新しい前衛コミックが成長しました。ドイツの大学におけるコミックに親しみやすい環境は、新しい方向性の展開にとっては決定的で、コミックのテーマやスタイルの活動領域はどんどん広がっています。

ドイツが再びコミックの世界地図に載ることができたのは、ドイツ連邦共和国とドイツ民主共和国(DDR)の統一によるものです。そして、このカムバックにおいて最も重要な役割を果たしたのは、少なくとも純経済的側面ではなく美的側面に着目する場合、東ドイツ側です。

© Ralf König もちろん1990年以前にも、認められたコミック作家は個々に存在していました。しかし、世界的なアーティストということでマティアス・シュルトハイスやラルフ・ケーニッヒを挙げようと、純粋に国内的なサクセスストーリーに耳を傾けようとしてヴァルター・メーアスブレーゼルことレトガー・フェルトマン、またはハネス・ヘーゲンとロルフ・カウカに関連しながら1950年代と60年代に言及しようと、大差はありません。彼らは皆、他の国々から、すでに定着していた従来のスタイルや物語形式を受け継いだに過ぎなかったのです。これは、1950年代に設立されたアメリカの風刺漫画雑誌「マッド」に影響されたか、またはウォルト・ディズニー、フランス、あるいはアメリカのアンダーグラウンドによる影響であるのかもしれません。

「PGH 灼熱の未来」

Wilhelm Busch (1832-1908):自画像、1895年頃、Copyright:Wilhelm-Busch-Museum Hannover ヴィルヘルム・ブッシュや、1934年~1937年に連載コミック「ひげ父さん」を描いた e. o. プラウエンの名称で知られるエーリッヒ・オクサーらによるドイツの絵物語は、確かにそのあたりからすでに存在していました。しかし再び一本立ちしたと見なされうるのは、1900年以降の前衛コミックあたりになってからのことです。

その兆しはベルリンにありました。そしてたった一人の名前を挙げるとすれば、それは一つの集団の名前です。1989年の転換期直後に形成され、アンケ・フォイヒテンベルガー、ホルガー・フィッケルシェラー、へニッグ・ヴァーゲンブレート、デートレフ・べックからなる東ドイツのアーティストグループは、社会主義では一般的だった生産共同組合(PGH)に皮肉を込めながら、自分達を「PGH 灼熱の未来」と名付けました。

彼らは全員東ドイツ出身者であり、西ドイツの芸術大学やその他の教育機関ではとっくの昔に忘れ去られてしまった技術を教授していたDDRで、グラフィックの基礎教育を受けるという特典に恵まれました。手引き印刷機、木版画、リノリウム版画、書道、書籍デザインなどの作業は、ベルリンの4人組の芸術基盤を形成し、やや若い世代のアタクことゲオルク・バーバーや、カト・メンシクらも未だにDDR時代に伝えられた教育からの恩恵を受けています。

コミックへの好奇心

Mosaik Verlag これらのアーティスト達は、特にポスターや戯画などを通して有名になりましたが、たとえDDRの内部という限られた範囲であったにせよ、とにかく継続しました。それに対して芸術的なコミックに関しては、以前はフォーラムらしきものすら存在しませんでした。DDRの絵物語の生産が、月刊誌「Mosaik(モザイク)」と政党に属していた少年雑誌「Atze(アッツェ)」や「Frösi(フレージ)」などの各連載に限られていたからです。コミックは(そもそもその名前すら許されていなかったのですが)、国家管理局にとって子供の楽しみ以上のものではなかったのです。従って絵物語の持つ物語としての可能性は、DDRでは無視されてしまいました。

そのせいか「PGH 灼熱の未来」のメンバーの好奇心は、物語のジャンルにありました。彼らは、たとえ他にグラフィックの仕事をしながら生計を立てることになっても、優先的にコミックを製作していたのです。しかし、絵物語が経済的利益から独立していたからこそ、西側のコミック作家達にあっては商業的成功のリスクを回避するために決して実現しなかったような実験的研究が可能となったとも言えます。このベルリンの4人組は、特にドイツ的と見なされる主要な現代美術の動きよりも、意図的に表現主義へと結びつけました。

陰鬱な絵物語

そしてこの伝統的路線は、ドイツ生まれのコミックの中に美術史の観点からこの国の業績としてすでに認知されているものを突然再発見したことにより、特に外国で評価されたのです。PGHのコミック作家による、実存主義的でシニカルまたは風刺的な語り口を用いた、最も陰鬱な絵物語は、ベルリンを10年間世界の芸術の都としたあのワイマール共和国下の1920年代に直接つながっているようです。

「投げる」 © Anke Feuchtenberger 特に作家カトリン・デ・フリースの原作をフェミニズムの絵物語に書き換えたアンケ・フォイヒテンベルガーと、独特なピクトグラムで知られるヘニグ・ヴァーゲンブレートは、1990年代半ばに1人はフランスで、もう1人はアメリカでドイツの前衛コミックの看板とされました。一方でフィッケルシェラーとベックは、国際的に成功することはできませんでした。その代わり、同時に2人の西ドイツのコミック作家のところに成功が訪れました。ヘンドリク・ドルガーテンとマーティン・トム・ディークの2人です。

国境の向こう側

ドルガーテンは、「Space Dog(スペース・ドッグ)」というサイレントマンガがドイツ連邦共和国において文学的に最も権威のあるローヴォールト出版によって刊行され、国際的に喝采されるようになる前は、まずはイラストレーターとして成功していました。一方ハンブルグ出身のマーティン・トム・ディークは、特にイェンス・バルツァーの手になる文章をもとにした絵物語の一つである「Salut Deleuze(やあドゥルーズ)」により、世界的な地歩を固めました。ジル・ドゥルーズ、ロラン・バルト、ミシェル・フーコー、ジャック・ラカンらのポスト構造主義哲学を主題としたこの作品は、その4人の亡き思想家達の地獄への旅を非常に知的に物語りました。このコミックは、1998年にまずフランスで出版され、その2年後にスイスの出版社がドイツ語で出版しました。

Barbara Yelin:Le Visiteur(ル・ヴィジトゥール)Editions de l'An 2, 2004 以下は今日までその評価が認められている例です。特に内容的に高いレベルを要求する多くのドイツ人コミック作家にとっては、祖国よりも外国、とりわけフランスの方が環境的に相応しいかもしれません。ウルフ K.ことウルフ・カイエンブルグ、バーバラ・イェリンイェンス・ハーダーらは、ドイツ国内よりも国外で、より多く出版しています。そしてそれは、国際的には典型的ドイツ風と認知され、だからこそ諸外国で特に好評を得ているテーマを選択することの結果とも言えます。

ロマン派と近代

ウルフ Kの作品は、ムッシュー・モーとヒエロニムス Bという2人の主要人物を登場させることにより、近世にハンス・ホルバイン(子)やヒエロニムス・ボッシュによって最も印象的な例が生み出された、死の舞踏や怪奇趣味を取り入れていますが、これはドイツ美術史への関連を示しています。またそれは、ロマン派から近代への過渡期にあり、夢のモチーフやシュルレアリスムのモチーフ、神話風刺などを復活させることになったアーノルド・ベックリン(1827~1901)やマックス・クリンガー(1857~1920)の作品に見られる幻想派とのつながりを持っています。

Jens Harder:Alpha © Carlsen Verlag これに反してバーバラ・イェリンは、その構造とテーマが決定的にロマン派の影響を受けたコミックを描いています。そしてイェンス・ハーダーにとって過去最大のプロジェクトであった「Leviathan(レヴィアタン)」と「Alpha (アルファ)」は、自然体系をグラフィカルに解明しようと試みた動物学者エルンスト・ヘッケル(1834~1919)へのオマージュとなっています。ヘッケルはと言うと、ダーウィンの学説を継承しつつ、進化を精巧な図式によって描こうとしていました。これはむしろアーティストや哲学者の注目を浴びることとなったのです。さて、このように、美術史の中で特にドイツ風と感じられたものは、外国におけるコミックとして特に大きな反響を呼んだのでした。「Alpha」は、2010年1月にフランスのアングレームにおける最も重要なヨーロッパ・コミックフェスティバルで、「Prix de l’Audace」(大胆な作品賞)を獲得しています。

コミックに親しみ易い環境

Ausschnitt aus Flix:Da war mal was ...(あそこになんかあったよね…)Copyright:Carlsen Verlag ドイツコミックを成功させるのは、もうすでに前衛的な物語だけではなくなっています。フォイヒテンベルガーはハンブルグ、ヴァーゲンブレートはベルリン、ドルガーテンはカッセル、トム・ディークはエッセン、アタクはハレなど、古いコミック作家世代が芸術大学の講座を受け持つようになって以来、やっとドイツにも、一般的には絵を使用した物語には好都合とされる、コミックに親しみ易い環境が生まれるようになりました。過去10年間において、ドイツで最も成功したコミックのいくつかは、フリックスことフェリックス・ゲールマンの「Held(英雄)」、マーヴィルことマルクス・ヴィッツエルの「Wir können doch Freunde bleiben(友達のままでいましょう)」などのように卒業論文として生まれました。

最初に挙げた作品は、架空の西ドイツの自伝であり、2番目は東ドイツの実話です。そしてコミックのテーマの領域とスタイルは、さらに広がって行きます。

その際、2つの中心が派生しました。特にコミックグループ「Monogatari」(日本語でストーリーを意味する言葉)が街中で話題になったベルリンと、デザイン専科大学でのアンケ・フォイヒテンベルガーの講座が若手コミック作家シーンを形成したハンブルクで、ここにはマーティン・トム・ディーク、マルクス・フーバーイザベル・クライツら3人のメインストリームのアーティストが住んでいます。

未知の物語原理

フォイヒテンベルガーの学生であるサシャ・ホマーアルネ・ベルストーフは、毎年出版されるアンソロジー「Orang(オーラン)」で、現在30才代前後のハンブルグのコミック作家達のためのフォーラムを立ち上げました。リーネ・ホーフェンモキという2人の女性もこのグループに属しており、それぞれ古典的な木版画(ホーフェンのスクラッチボード技術)とマンガ美学(モキの描く幻想世界)という両極端を先導し、ドイツの若手コミック作家達は、現在その中間で活動しています。 イェンス・ハーダー、マーヴィル、ウリ・ルスト、ティム・ディンター、カティ・ケッペル、カイ・プファイファーらの属するベルリンのMonogatariでは、自伝的な物語などあまり成果の上がらないモデルだけが中核をなしているのではなく、加えて現象学的観察も重要な役割を担うことになるドキュメンタリーコミックというカテゴリーが生み出されました。ハーダーとディンターの参加したドイツ・イスラエル コミック特集プロジェクト「Cargo(カーゴ)」は、ウリ・ルストやカイ・プファイファーらと共にベルリンをひたすら歩き回ることによって育んできた、今までドイツでは知られることのなかった物語原理の優れた例を提供しています。

国際的成功

同じくベルリン在住で、1990年代の前衛コミックの影響の下キャリアを積み始めたラインハルト・クライストは、ジョニー・キャッシュの伝記を描いたことにより、さらなるカテゴリー、ノンフィクションコミックを定着させました。この「Cash」と共に、第二次世界大戦における在東京ドイツ大使館職員として、ヒットラーのソ連攻撃計画を密告したスパイ、リヒャルト・ゾルゲを題材にし、歴史的に注意深くリサーチを重ねたイザベル・クライツのコミックも世界的大成功を収めました。

イザベル・クライツの日本を舞台としたストーリーでは、マンガ、つまり日本のコミックのスタイル要素は取り入れられていません。反対に、ドイツの若手世代のコミック作家の多くは、極東に理想的なモデルを見出しました。1990年代以来とどまることを知らぬマンガの勝利の行進は、ドイツでも新しい分野を成立させ、現在では独自の国内アーティストを生み出すまでになっています。その際、いかに多くの女性がマンガ家、つまりマンガの書き手として仕事をしているかは特に注目に値します。例えば、アニケ・ハーゲ、クリスティーナ・プラーカユーディット・パーク、ニーナ・ヴェルナー、オルガ・ロガルスキー、そして偽名DuOを用いて活動しているコミック作家デュオのドロータ・グラバーツィックとオルガ・アンドリェンコなどが挙げられます。

独自のストーリーとスタイル

Christina Plaka:Yonen Buzz © Tokyopop 彼らに共通しているのは、前述したコミック作家とは反対に、芸術的教育課程を修了しておらず、アマチュアコミック作家として活動開始し、タレント・コンテストなどを通して努力して出世してきたという点です。そのためマンガ家にとっては、どの流派や伝統に分類されるかということは、その他のコミック作家に比べるとあまり重要ではないのです。こうした背景の開放的な構造は、ドイツコミックの中でもちょうど商業的に人気のある分野に多くの新しい血を注ぎ込み、すでに世界的に成功したマンガ美学は、若手のアーティスト達が国境を超えて有名になっていくという結果をもたらしています。

クリスティーナ・プラーカの好評連載作「Prussian Blue(プルシアン ブルー)」(「プロイセンの青」とは、つまり北斎の木版画シリーズ「富嶽三十六景」により日本で有名になったドイツ生まれの人工色のこと)、またはアンケ・ハーゲのサッカーをテーマとした「Gothic Sports(ゴシックスポーツ)」などのように、作中で巧みにドイツの歴史が引き合いに出される場合には、いっそう他言語読者の文化的好奇心がかき立てられます。そしてドイツコミックはマンガとしても、特に独自のストーリーとスタイルを探求し見出すことができるという点を実証しています。

アンドレアス・プラットハウス
は、 F.A.Z.(フランクフルター・アルゲマイネ紙)文芸欄の編集者です。

この記事は、ゲーテ・インスティトゥートの巡回展に関する最初のカタログ「Comics, Manga & Co.」に掲載されました。

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