エドワード・サイードの政治的な遺産 国意識を超えて社会意識を

Graffiti Edward Saids
Graffiti Edward Saids | 写真:© Ahl Al Kahf

強い影響力を持つ理論家として広く知られたエドワード・サイード。その亡き後も、サイードの優れた業績は世界に影響を与え続けている。だからこそ、サイードの思想世界を回顧することは欠かせない。アダニア・シブリによる寄稿。

今は亡き思想家・サイードに敬意を表し、サイードの業績を研究するための学術会議やシンポジウムが開催されることは、サイードが未だに傑出した重要性を持 ち続けていることをはっきりと示すものだ。しかし、サイードの理念がもたらしたのは、人文・社会科学の分野におけるパラダイムシフトにとどまらない。サ イードの理念は、学術的な議論の場をすでに離れているからだ。

様々なアラブ諸国で起きた政治的な動乱の間、サイードの理念は反体制派のスローガンとなった。チュニジアで起きた革命の際には、サイードの言葉がグラフィ ティとなって家々の壁に書き付けられた。それは反体制活動家による独裁政権に対する抵抗の宣言であったが、同時に、サイードの思想を「既存の不動のもの」 として埋没させまいとする行動でもあった。サイードの思想が、石に刻み込まれ制度化された考え方として特定の枠組を持った思想と結びつけられることに対す る抵抗、大学や、ある種の知的な議論に付随する権威の裏付けによって説得力を持つような思想とされることに対する抵抗の行動であった。

サイードの思想全体を貫く中心的な関心は、二元的で対立的な関係の持つ論理を打破しようとする試みに置かれている。これは、政治的・社会的・経済的観点のいずれから見ても、現代世界にとって特に重要性を持つものだ。
 

広く見られる二分法に抗う

しかし残念ながら、社会的な関係を分析するにあたって広く用いられているのが、まさにこの論理である。それゆえサイードは、そうした論理が持つ「我/ 我々」(それが誰であるかはさておき)対「他/他の人々」という単純な図式を絶えず取り上げ続けた。広く見られるこの二分法に疑問を呈する努力を通じて、 サイードは知、権力、表象、場所、時間、旅といった中心的な概念を思想的な側面から探求したのである。

この点におけるサイードの洞察の多く(例えばオリエンタリズム批判、あるいは文化と帝国主義の関係に関する研究など)はすでに広く知られている。従って以下では、それほど知られていないサイードの個人的な理念を回顧していこう。

まず最初に想起されるのは、サイードが「遠い場所の記憶」(Out of Place、1999年)で自身について述べたことであろう。つまり、パレスチナ人でありアメリカ人であった自分、そして、アラビア語と英語という2つの 言語で存在する自分についてである。アラビア語と英語は、ともにサイードにとって母語として機能した言語であった。これら2つの言語は、サイード自身、両 言語をきっちり切り離すことも、あるいは2つの言語を持つという状態そのものを完全に理解することすらできないと感じていたほどに、サイードの言語感覚に 影響を与えた。

西洋ないしは先進国に暮らす西洋以外の出身の移民が、これまでにないほどの数にのぼっている現代、こうしたありかたはますます多く見られるようになってい る。この状況のなかでは、サイードが見たように、文化と社会の定義は極めて理解が難しい、激しく意見が分かれるテーマとなっている。

ここで問われているのは「カウンターカルチャー」に関する認識である。サイードは「カウンターカルチャー」を、極めて多様なアウトサイダーと関連づけられ る実践的方法の集合体と理解していた。そこに含まれるのは移民に限らない。貧困層、アーティスト、ボヘミアン、労働者、反逆者もその一員である。

従ってサイードが、フランツ・ファノン(ポストコロニアリズムの先駆者)に立ち戻りながら、国意識ではなく社会意識の重要性を熱く訴え続けたことは不思議 ではない。国意識とはサイードにとって、内向きの閉鎖的な植民地的あるいは邦人的アイデンティティーにしがみつく、後ろ向きで先祖返りとすら言える振る舞 いであった。国意識を超えて社会意識を確立させたいというサイードの願いは、パレスチナ/イスラエル問題に関して「一国家」という形での解決を主張したこ とにはっきりと現れている。またそれは、サイードが普遍主義を帝国主義と明確に一線を画したものとして定義したことにも見てとれる。

自己内部の断絶

こうした問題を無視する者は、よく知られた排除のメカニズムの作用により、自己の内部に断絶が発生するリスクを犯すことになる。これは特に、先進国または 西洋に暮らす移民の間ばかりでなく、途上国ないしは東洋に暮らす移民にも起こりうることだ。いかにも彼らしいことだが、サイードは「遠い場所の記憶」の中 で、「カイロ・アメリカン・スクール」で自分のアラビア語能力を隠していたことを告白している。アラビア語はサイードの母語だったにもかかわらず、結局の ところサイードは、アラビア語を本当に自分の言葉と感じることもなかったのだ(Al-Ahram Weekly、2004年2月12日〜18日)。

この態度は、場所、時間、旅といった概念の中心的な意味にもつながる。サイードの目から見て、場所、そしてもちろん時間の意味とは、「テリトリーとは、君が[何事かを]為すその場所のことだ」(Boundary 2、1993年春)というところから派生している。

サイードによれば、特に政治的観点において妥協のない思考を行なうことは、人間を動きのなかに置き、人間を旅人にするものであった。そして旅人は、お定ま りの行為を無効にし、新しいリズムや儀式を試す存在である。ひとつの場所を守り、そこを囲む境界線を防御しなければならないサルタンとは異なり、旅人は領 土の境界線を超えて移動し、そのたびに、確固とした地位から離れていく。ゆえに、サイードによれば、踏み固められ明確に割り当てられた道から外れることは 解放を意味する行為であり、「刹那の自由」につながる行為なのだ( 遠い場所の記憶)。

同時に、空間とは多層的な含意を持つものである。その中にいるのか、外にいるのか、あるいは、その場所に対して何の権利も持っていないために自分を場違い な存在に感じているか、などによって空間の含意は変わる。これは、サイードのパレスチナに関する経験につながるものだ。「この場所が伝える宥和不能な対 立。一方に[...]私自身の人生も含め、数えきれないほど多くの人生に断絶をもたらしたこの場所の喪失。そしてもう一方に、彼らにとっての(だがもちろ ん私たちにとってのではない)約束の地としてのこの場所のステイタス」( 遠い場所の記憶)。

ここでサイードは、自身の家族、特に父親がパレスチナの喪失に対して示した反応を描写する。一家が、1948年の占領とイスラエル国家の建国以降、戻ることができなくなった場所、パレスチナ。

感情的な空虚

サイードの父親は、パレスチナ崩壊以降、トランプゲームに没頭したようである。サイードは、悪さをしたことに対する一種の罰として父親の隣りに座らせられ たときに、このトランプゲームに絶望感にあふれた空しさを感じ取ったと回想している。トランプゲームは、感情を差し挟む余地が最小限しかない行為であり、 不安感と息苦しさを昇華させる方法であり、現実と直面することからの逃避であった。そしてこれらすべては、極力言葉を使わずに、あるいは別の言い方をすれ ば、沈黙のなかで、行なわれるのだった。
[1978年に発表された著書「オリエンタリズム」について語るサイード]

これはサイードにとって、精神的・道徳的隷属を感じさせ、自己に対して他者が権力をふるっているという感情をさらに強めるものだった。父親がトランプゲー ムに没頭する姿を見ながら、その息が詰まるような状況から身をふりほどくには、サイードは想像力を駆使するしかなかった。サイードの目から見て、想像力の 世界こそが現実に経験された権威からの解放であったのは、偶然ではなかったのだ。

このように、強力な破壊的効果を持つ権力構造は既存のものだった。サイードはその多くを明らかにしている。しかしサイードは、そうした構造に抵抗する可能 性も見いだしていた。サイードの場合、そのような機会は、考えられるなかでも一番ありそうにもない場所に、行動の仕方や感情の中に現れるものであった。も ろさ、痛み、孤独。若かりしサイードを繰り返し襲ったのは、そうした感情だった。

拒絶の戦略

その点に関しては、特に病気が原因でサイードに身体的な、また感情的な弱さが現れ、それが人生のある時期に影を落としていた間も、何の変化もなかった。身 体に重きをおかない、意図的に何もしない、のらくらする、あるいはそわそわする、ツメをかむ。批判に対処するためのこうした行為はすべて、父親や、自分が 通った学校など権力を持つ者に対して抵抗するための戦略であった。

例えば「失敗する」「悪さをする」から始まって「石を投げる」「音楽を演奏する」などの、世間一般には弱さを連想させるようなやり方(ただし後のほうのふ たつは、非常に特殊で、また言葉を使わない方法で人間に触れ、影響を及ぼすことができるが)は、ある種の状況下では効力を発揮することがある。つまり、同 一性ではなく抵抗の源とサイードが呼ぶものが求められる場合である。それは集団的決定論のかわりに、個人の行動力が問われるとき、それも、過度の権威と抑 圧のもとで、反撃するための物理的な力が存在しないときだ。

表層の下には避けて通れない断崖がひそんでいるということを、私たちが受け入れざるを得ないことは事実だ。その断崖とは、批判的精神を麻痺させる仕組みで ある。しかし、道を見つけ、橋をかけるために、想像力と批判精神を駆使してすべてのリスクを犯すことには、受け身の姿勢、敗北感、絶望感に歯止めをかける 可能性が潜んでいる。