影を活かす 日本ファッションの〈多様性〉

「Future Beauty 日本ファッションの未来性 展覧会概要」
「Future Beauty 日本ファッションの未来性 展覧会概要」 | 写真:© Dirk Eisel

2011年春、ミュンヘンのハウス・デア・クンストにて日本の現代ファッションの展覧会が開催された。「Future Beauty 日本ファッションの未来性 展覧会概要」と銘打ったこの展覧会は、京都服飾文化研究財団(KCI)が企画し、1980年代以降の30年にわたる日本のファッション・デザインを振り返る内容のものである。2010年秋にロンドンのバービカン・アート・センターで開催を皮切りに、2011年のミュンヘンの展覧会の他、2012年には東京都現代美術館でも開催された。2013年にはアメリカへの巡回が予定されおり、ロングランのファッション展となっている。

本展で遡る30年前の1980年代は、コム・デ・ギャルソンの川久保玲やワイズの山本耀司がパリ・コレクションに参加し、欧米のファッション業界に物議をかもした時代。これは、日本のファッションの歴史を振り返る上での重要なターニングポイントとなっている。

もちろん、それ以前にも、東洋人で初めてオートクチュールの正式メンバーとなった森英恵を筆頭に、高田賢三、山本寛斎などの日本人が日本国外でコレクションを発表し、その才能を広く認められていた。彼ら60、70年代の日本人デザイナーたちは、日本の素材や文様、着物のフォルムや歌舞伎などの伝統芸能の衣装といった、いわゆる「日本的」な要素を衣服デザインに積極的に取り込んでいた。意識的か無意識的かはともかく、そうした華やかな異国趣味的手法が注目され、同時代の欧米人デザイナーとの差異化へと結びついていた。しかし、川久保、山本の場合、パリに集うファッションのプロフェッショナルたちに彼らが披露した服は、何世紀にもわたって培われてきた西洋の服作りの常識に揺さぶりをかけるものだった。

黒の衝撃

当時全くの無名だった川久保と山本が発表した服には、胸やウエストのラインを覆い隠してしまうほどゆとりのあるシャツ、虫食いのような無造作に穴の開いたローゲージのニット、皺の寄った厚手のフェルト地、無造作にできたようにしか見えないギャザーやドレープ、裁ち切りのままほつれた糸が垂れ下がる裾などが数多く登場した。色彩も黒、白、紺、グレーなどのモノトーン、もしくはそれらの組み合わせがほとんどで、ファッション・ショーの華やかで洗練されたイメージとはかけ離れていた。こうした二人の挑発的なショーが人々に与えた衝撃は、新聞や雑誌に掲載されたコレクション評を拾い読みするだけでも理解することができる。「ボロ服」「スイス・チーズ服」「第三次世界大戦の生き残りルック」……、そして今でも彼らのパリでの初期のコレクションは「黒の衝撃」と呼ばれている。

こうした過剰な反応は、単に美しくないものに対する嫌悪感ではなく、今まで経験したことのない新しいものを理解する時の心の葛藤の表れだった。二人が起こした〈事件〉は、その後のデザイナーたちに大きな影響を与えているし、もはやデザイナーたちは自分のデザインを語る際に川久保たちについて触れずにはすまされない。「Future Beauty」展では、この衝撃をもう一度現在に再現すべく、最初のセクションを80年代の二人のモノクロームの作品から始めている。セクションのタイトルは「陰翳礼讃」。もちろん谷崎潤一郎の有名な随筆の題名である。実際に、二人の作品を評価する際に、しばしばこの文章が引用される。
 

オートクチュール
高度に組織化されたパリの伝統的な高級仕立服業界。シャネルやクリスチャン・ディオールといった老舗ブランドはここから生まれている。

平面的、伝統的、革新的

続く第2のセクションのテーマは「平面性」。着物は、構造が明らかに平面的であるだけでなく、後ろ身頃から袖、前身頃の裾まで一続きに絵柄を配置し、一枚の絵画のように仕立てることが多い。身に纏って美しく装うだけでなく、服そのものを広げて飾ることもできる。人が着た時のフォルムを第一に考え、立体的に服をデザインしようとする西洋の態度とは別の考え方が着物にはあり、現代の日本人デザイナーにもそれは受け継がれている。70年代からパリ、東京、ニューヨークを中心に活動していた三宅一生は、「一枚の布」というコンセプトで身体を包み込むような衣服を発表していた。中でも「プリーツ・プリーズ」シリーズは、全面に施したプリーツが伸縮することで、着る人の体のラインに合わせて服の形が変わっていく。床に広げるとシンプルな平面になるが、そのシルエットはさまざまで、袖の極端に長いものや胴がゆがんでいるもの、円形や四角形になるものもある。さらに三宅率いる研究・開発チーム「Reality Lab(リアリティ・ラボ)」が2010年に立ち上げた「132 5.」は、「1」枚の布から複雑な折り紙のように「3」次元の構造の服を作り出す。しかも、折り目に沿って畳むと完全な「2」次元になる。立体と平面を自由に行き来し、素材には再生PETを使用することでリサイクルの時間をも内に秘める次元を超えた服、いうなれば「5」次元の服を創造しようとするチームの意志が作品名になっている。

第3セクションのテーマ「伝統と革新」は、世界から見た日本のファッションのイメージそのものと言えるだろう。日本は、高度な工芸美術と洗練された伝統芸能を今も受け継いでいる国でありながら、先進的なテクノロジー分野においても華々しい成果を収めている。ファッションにおいても、森英恵や高田賢三だけでなく、三宅や初期の川久保、90年代の山本、最近ではマトフの堀畑裕之と関口真希子など、着物のモチーフや伝統的な日本の染織技法を取り入れるデザイナーは多い。その一方で、「テクノ・クチュリエ」と称される渡辺淳弥は、ナイロンやポリエステルといった合成繊維の特性を巧みに引き出して視覚的にインパクトのある服を作るのに長けていたし、三宅は「プリーツ・プリーズ」や「A-POC」において、服のデザインだけでなく、効率的な生産工程の確立も目指していた。若い世代では中章が、布地がまるで徐々にニット地に変化しているように見える接ぎ合わせ技法「グラデーション・ニット」を開発したり、サカイの阿部千登勢は、シンプルでベーシックなスタイルを使いながら、そこに絶妙なバランスで関連のない素材や飾りを一部に差し込んで、新しい雰囲気に変えることを得意としている。京都で活動しているシステレの小島悠は、国内の職人と協働で制作した高品質な生地を使いながら、独創的なパターン(型紙)の服を作る。伝統か先端技術のどちらか一方ではなく、両者のハイブリッドを気負うことなく実践するデザイナーが日本には多い。

物語る服

そして、現在、新しい日本のイメージとして定着しているものが、アニメやストリート・ファッションなどのサブカルチャーの分野で良質なコンテンツを多数生み出している「クールな日本」であり、ロンドン、ミュンヘンでの展示の4番目のセクションのテーマだった。90年代の20471120の中川正博と阿世知里香やビューティー:ビーストの山下隆生は、原宿のストリート・ファッションにアニメ、クラブ音楽、サイバーカルチャーなどの要素を巧みにミックスし東京ファッションで高い人気を得ていた。このように、デザイナー自身もサブカルチャーからの影響を多分に受けており、その後もアンダーカバーの高橋盾や、ミントデザインズの勝井北斗と八木奈央、ネ・ネットの高島一精、坂部三樹郎らが続く。彼らにとって、マンガやアニメ、ファッションはもはやサブカルチャーではなく、日常生活の一部であり、表現手段の一つである。

2012年の東京都現代美術館(MOT)での展示では、現在進行形の東京ファッションをより広範に見せるため、若い世代のデザイナーを中心に大きく作品を入れ替えることになった。既に触れた小島、中川、阿世知、山下なども東京会場で新しく取り上げたデザイナーである。とりわけ第4セクションは、「日常にひそむ物語」をテーマに、長期的な視野に立った服作りを行う新しい感性を持ったデザイナーが多く登場する。アシードンクラウドの玉井健太郎は、シーズン毎にデザイナーが創作した〈物語〉を服のデザインに反映させる。それは、架空の職業のユニフォームであったり、祝祭や旅といった生活の一場面であったりとさまざまである。アスキカタスキの牧野勝弘は、パリの蚤の市で収集した古着やアンティーク素材を使い、時間が経つことでモノに現れる汚れや傷、歪みといった〈記憶〉を生かした服を制作する。他にもハトラの長見佳祐、オータの太田雅貴など、デザインへのアプローチはそれぞれ異なるが、彼らに共通しているのは、ファスト・ファッションに代表される大量生産・大量消費のファッション産業に対して、服の生産者、デザイナーと消費者の関係を深く、濃密で、お互いに有益な、持続可能性のあるものに再構築しようと試みている点である。

展覧会では、ここで取り上げた以外にも多くのデザイナーの作品が展示されている。ミナ・ペルホネンの皆川明やアンリアレイジの森永邦彦、神田恵介、リトゥンアフターワーズの山縣良和など、いずれも現在の東京ファッションを代表するデザイナーである。彼らも、それぞれのやり方で、ファッション・システム、さらにはデザインすることや着ることの意味に対する問いかけをおこなっている。「日本ファッション」とは決して単一の現象ではない。個々のデザイナーが、日本、あるいは世界のどこかで、それぞれの価値観や美意識を持ち、独自の方法とさまざまな活動を通じて服と人との新たな関係を追い求めている。この未来へと向かう視線、その表現の多様性こそが、新しいシステムを模索している現代ファッションが日本に熱く注目する理由なのかもしれない。