セックス「レス」 セックスのタブー化

性文化研究雑誌《性》
性文化研究雑誌《性》増刊「婦人性欲号」(第1巻第5号、1920年1月7日発行)の表紙より。フリードリヒ・シラーやヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの、欲望と犠牲に関する詩がこの雑誌のモットーとなっている。表紙絵にも、ゲーテ《ファウスト》のメフィストの引用が見られる。個人所蔵、ザビーネ・フリューシュトゥック | ザビーネ・フリューシュトゥック

長寿効果がある精神的な行為から、病気の原因となるタブーへ。日本人の性理解には、国によって統制された教育とヨーロッパ人学者が及ぼした影響が長く残った、とザビーネ・フリューシュトゥックは指摘する。

日本における性について述べている昔の書物からは、江戸時代(1603年〜1867年)初期には、性行為をしないのは男性にとっても女性にとってもまだ「間違った」こと、それどころか「不自然なこと」とされていたことがわかる。カップルの性的結合は、天と地の結びつきの現れだったからだ。性的結合の欠如は、1年のなかで春と夏(陽)はあっても秋と冬(陰)はないように不自然なことだとされた。さらに、性的欲求をおさえつけようとすることは、男性にとっても女性にとっても、必然的に神経衰弱をもたらすものだった。これは一種の全身性の神経疾患のひとつで、自体愛的な行為の結果だと見なされた。性行為は単に生殖と悦楽のためのものではなく、長寿にも役立つと考えられていたのである。(異性間の)性行為に包括的な意義を見るこうした考え方は、中国医学にその起源を持ち、19世紀に至るまで、性を取り上げた日本の書物に支配的なものだった。
 
19世紀末、近代化の始まりとともに、健康にいい性という考え方は劇的な変化を遂げることになった。例えば、1913年にドイツ留学から帰国した婦人科医、羽太鋭治は、ドイツにおける性のあり方について次のように述べている。いわく、ドイツでは性欲というものに極めて学術的に取り組んでおり、その結果、20代を越えた者の中に自慰行為を行う者はほとんどいない、と。羽太とその他多くの自称「性科学者」らは、オナニーやフェティシズム、ありとあらゆる「倒錯」、生殖、さらにはその他の性欲と関連した様々な問題について論文を書き始める。彼らは、ジークムント・フロイト、マグヌス・ヒルシュフェルトから始まってリヒャルト・フォン・クラフト=エビングとハヴロック・エリスにいたるまでの西洋の性科学に関する著作を日本語に翻訳することに尽力するとともに、医師、生物学者、心理学者、また他の学術分野の代表者として、自ら実証研究に乗り出したのである。

こうした変化が起きていた間に、セックスとセクシュアリティに関する理解は劇的に変わった。それにあたって重要な役割を果たしたのは、主にヨーロッパが起源の性科学である。ヨーロッパ産の性科学は、近代、文明化、西洋、科学、進歩といった様々な論考の軸が交わる部分でその存在を確立することができたのだった。

政治としてのセックス

こうして性行為は、主に長寿と健康との関わりで語られるものではもはやなくなり、病気と犯罪といった文脈で語られることが多くなっていく。1936年5月、女中であった阿部定という女性が愛人を絞殺し、切り取った愛人の性器を持って東京の街中にしばらく姿を消すという事件が起きる。この事件は、センセーショナルな報道を引き起こし、性的な恍惚のなかで愛情に突き動かされて行動に及んだという阿部定の主張に、魅了されると同時に衝撃を受けた専門家を表舞台に引き出した。セックスはいたるところで人々の口にのぼるようになり、男女平等を訴える若き知識人、性教育の必要性を主張する人々、社会改革を目指す人々、そして自身の個人的な性体験をつづる文学者らは、ナショナリズムと軍国化に向かって突き進む社会と衝突する。そして売春、性病、産児制限といったテーマに関して、公に激しい議論が繰り広げられるようになる。教養層は、専門誌の発行人に手紙を書いて自らの性の不安を訴え、「告白」を新聞や、医学雑誌に研究材料として送りつけた。セックスは、科学と教育の対象として公共の場における地位を確立する。

[性科学雑誌「性」の表紙(1920年1月7日、第5号1巻)。テーマは「女性の性欲」。この雑誌の標語は、ゲーテとシラーの情欲と犠牲に関する詩文から想を得たもの。この号の表紙には、ゲーテの「ファウスト」に登場するメフィストフェレスをモチーフにした絵が使われている。個人蔵、ザビーネ・フリューシュトック]

性に関する問題と取り組む社会領域の至るところで重要な修辞的役割を果たしたのは、純粋性というメタファーだった。「学術界」は「学術の純粋性」が危機にさらされていると認識し、性科学者は「路上の汚らわしいもの」を攻撃して「純粋に学術的な」性教育の必要性を訴える。統治政策を行う「政治界」は、道徳の退化を恐れ、性教育の専門家が「汚らわしい目的」を追求していると非難した。しかし、性に関する議論に関わるすべての人々には共通の懸念があった。「国民の健康」が性病によって脅かされるという懸念である。性科学者が大衆の啓蒙に尽力し、「正しい知識」が「正しい行動」にもつながると考えていた一方で、官僚政治の側において力を持っていたのは、教育を国による統制と制限下で進めようとするグループだった。すなわち、アジアにおける日本の帝国主義的野望と、最終的には第2次世界大戦に至る流れのなかで、「産めよ増やせよ」を目指す人口政策にかなう教育である。そしてその戦争は、性犯罪も含む想像を絶する暴力行為の舞台となったのであった。

セックスは本当に消えたのか?

現代日本のメディアで取り上げられる性に関する話題のなかで圧倒的に多いのは、若い世代の「セックスレス」である。セックスと言えば、そのほぼすべてがヘテロセクシャルなものとしてイメージされているのだが、このセックスの「消滅」は、人口動態上の問題として深刻な結果をもたらすものとされている。日本の出生率は世界でも最低水準にあり、このままでは日本人は確実に絶滅してしまう、と。しかし、パニックを起こす理由は本当にあるのだろうか。相対的な(ヘテロ)セックスレスは、国際的な現象である。世界のほとんどの国では、20年前の同世代と比べて、どの年齢層においてもセックスの頻度は減少している。とは言え、日本での少なさは世界でも最低のレベルに属する。スマホやその他のデジタル機器の誘惑がそそる、そして実際にもたらす欲望は、セックスが占めていたポジションに取って替わったように見える。この推測が真実味を持つとすれば、それはテクノロジーが高度に発達した日本以外にないだろう。

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