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Berlinale Blogger 2018
若者のパワー

Amiko
© Yoko Yamanaka

《あみこ》で山中 瑶子は、17歳の少女の傷つきやすく情熱的な乙女心を真っ直ぐに描き出す。この未完成な映画は、新しい映画への扉を開こうとしている。

2月21日(水)18:45 からベルリン映画祭でヨーロッパプレミア上映が行われた。この映画は、2017年PFFで観客賞を受賞した作品だ。上映前の舞台挨拶で監督が出てくると、思っていたよりも背が高く迫力がある人物でびっくりする。この映画が関係者からとても注目されている理由は、若干20歳のデビュー作品であることとその発想豊かな演出にある。その妄想に満ちた表現は、園子温の初期作品「自転車吐息」を想起させる。アナログフィルムで写真撮影することが今でも日常的に行われているべルリン。そんな街の人々にとって、80年代の8mmの香りが映画から少しでも漂えば注目しないわけにはいかない。
 
映画は、主人公の少女アミコの、高校3年生の1年間を描き出す。クラスメイトの男の子・アオミに一方的に恋をし、失恋するという妄想に満ちた青春劇映画だ。アミコはどこかの誰かについての噂話を鼻歌で口ずさみながら廊下をスキップする。アオミとアミコは、日が暮れる頃一緒に歩いている。二人は、今のこんな学生生活なんて無意味なんじゃないか、将来についての淡い議論を交わす。その甘い会話はアミコがアオミを好きになるには十分な会話だった。アミコの行動は恋に恋してしまう青春時代のよくある乙女の妄想の産物で、それと現実は大きく異なるのは当たり前だ。

一方で、高校3年生のアミコの恥ずかしい行為も厭わない活発な行動と女性グループに抗おうとする精神は、魅力的な彼女の性格の一つでもある。長野の田舎からアオミを追って東京へ上京するシーンなどハラハラドキドキする場面は楽しい。その「人を愛したい」という欲求と葛藤が直接的に描かれる。
 
 


アミコは東京の路上で“狂人“に偶然出くわす。彼は「お前は嘘つきだ!」と路上の知らない人間に叫んでいる。信じることができない人間社会に疲れ切って、狂ってしまった男が吐く言葉にアミコは無意識的に共鳴し同じように言葉を叫ぶ。それは、アオミがこぼした誘惑の言葉が嘘であるのか?と自問自答する行き場のないアミコの反発なのだ。山中監督の主人公の心理を描くその演出は妙技だ。映画内に一貫して挿入されるアミコの心の声=ナレーションにも力があり、それが脳内をかき回し、自分の青春時代の記憶が突然呼び戻されることに気づく。このナレーションは山中監督の一つの魔法であるかもしれない。

アンチ映画

上映後のQ&Aでほとんどの観客が帰らずに監督の話を聞いていたのを見ると、この映画はベルリンの人々に快く迎え入れられていたように思う。山中監督は最後に、映画が作られた経緯について「映画学校に行かなくなって、外で友達と一緒に作った映画」と答えた。その回答は、既存の映画制作に対してのアンチという態度に違いない。フォーラムは型にはまった映画ではなく、新しい映画を発見することが目的にある。私も新しい映画を見たいと思い、このベルリン映画祭に来たうちの一人だ。それを踏まえてみても、好感の持てる爽快な青春映画だった。