畑から

エーファ・ホフマン

「悪夢だわ」。そう言ってゾニアは両手で冷たい土をつかむ。指の間から砂がサラサラと落ち、手のひらに残ったのは塊になった草の束とこんもりとした根部分だ。「シバムギ」と言ってゾニアは目に陰鬱な表情を浮かべる。畑はこの草で埋め尽くされているのだ。地味な植物だが、地下にびっしりと根を張り、他の植物を駆逐してしまう。擦り切れたジーンズにレザーのブーツ姿で、いつも大型犬をそばにしたがえているゾニア(29歳)を待つのはタフな戦いだ。夏には、ここでライムギを育てることになっているのだ。ライムギは手がかからず、土壌のために良く、そしてシバムギを駆逐するほど強い。ゾニアは繰り返し手で草を抜き、馬を使って地面を耕して、シバムギの根が冬の間に凍って枯れることを祈るしかない。もちろんゾニアは、もっと手早い簡単な方法があることも知っている。

有機農業。それは若き農業経営者にとって、手間がかかり、大いに忍耐力が求められることを意味する。


従来の農家であれば、徹底的な措置を取るだろう。グリホサートに代表される除草剤を使えば、シバムギは短時間で駆除できる。トラクターを使えば畑は耕せるし、好ましくない植物はつぶしてしまえるだろう。しかし、ブランデンブルク州のノイエンドルフ.・イム・ザンデにあるこの農場では、そういうわけにはいかない。農婦たちが作った協同経営体「ラヴィーネ」は、有機農業を行う自然保護団体なのだ。化学合成殺虫剤を使わず、有機肥料の他にはエコロジー農業に使用が許されている特定の鉱物性肥料しか使わない。「トラクターで畑を走ったら、土の中で暮らしている微生物と最小生物の生息圏を破壊することになります」とゾニアは言う。「でも土は、1〜2年後に再び豊穣になるために、再生しなければなりません。だから私たちは馬を使い、手作業をすることで、土に極力ダメージを与えないようにしているのです」。

有機農業。それは若き農業経営者にとって、手間がかかり、大いに忍耐力が求められることを意味する。草地と森の間にある16ヘクタールの耕地の一部で、「ラヴィーネ」は去年から野菜を栽培している。野菜は箱に入れられて、毎週、周辺地域の30を超える世帯に届けられる。この取り組みは、収穫高にかかわりなく会員が毎月支払う会費(約80〜100ユーロ/月)で支えられる「ゾラヴィ」(「連帯する農業(ゾリダーリッシェ・ラントヴィルトシャフト)」の短縮形)によるものだ。従来の農家では、最大で3つの単作を行っていることが多いのに対し、「ラヴィーネ」は畑の多様性を重視する。畑で育つ植物の種類は60を超え、それらは皆それぞれ異なる土壌、気候、周辺環境を必要とするが、これには、干魃期や馬鈴薯甲虫害、長雨が起きても、収穫が全てダメになることがない、という利点がある。
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ゾニアの後ろでは、ガブリエレ(54歳)が、がっしりした農耕馬2頭を畑に走らせている。この馬たちはまだ訓練中だ。車につながれた馬が引く鋤が、地面に深い畝を残していく。高い空を背景に、実にロマンティックに見える光景だ。しかし、ガタガタと車を引く馬と、でこぼこの地面を踏みしめて進む農婦の姿は、この細やかな作業の厳しさを物語る。すぐ隣の農家の作業とはあまりに対照的だ。そちらでは主にトウモロコシと穀類が栽培されている。平坦な風景の中に広がる広大な畑はまるでじゅうたんのようだ。「経済的なレベルで言えば、私たちは話にならないほどちっぽけな事業者なのです」とゾニアは言う。「それでも私たちと大規模事業者には、いくつか共通点があります。有機農業であろうと、従来農業であろうと、私たちは皆、同じ挑戦課題に直面しているのです。仕事はきついのに、お金にはならず、そしてほとんど評価してもらえないのですから」。

農家の数は減っているが、食糧需要は減らない。


ここ数ヶ月、労働条件の改善を求めてトラクターで大都市に乗り込みデモをする農民の数が増えているが、この問題は新しいものではない。それどころか、ゾニアが生まれる前からすでにあった問題なのだ。1990年代に欧州の農業市場が開放されると、ローカルな農産物は価値を失い、競争は多くの小規模農家を廃業に追い込んだ。1994年、農産物に対する輸入関税が引き下げられ、輸出補助が削減される。狙いは、欧州共同体内での牛乳などの過剰生産に歯止めをかけることだった。農家に対しては直接的に所得補助を出すことが強調された。そして、それができる農家は単作に切り替え、収益性の高い作物の栽培に乗り出す。1900年当時には、就業者の62%がまだ農業に従事していたが、現在ではその割合はわずか1.3%にすぎない。しかし、ひとつの事業体が食糧を供給している人間の数は、当時の14 倍超に増加している。

農家の数は減っている。1990年に農業を営んでいた世帯のうち、生き残ったのは半分にも満たない。だが食糧需要は減ってはいない。つまり、どんどん少なくなる人数で、ますます多くのものを生産しなければならないということなのである。競争圧力は農家同士の間だけでなく、輸入農産物によっても高まっている。とはいえ、ドイツの農業は輸出も多い。要するに、多様な植物を栽培することはもはや割に合わないのだ。農家は多くの場合、トウモロコシ、穀類、畜牛、牛乳などに特化するしかない。多くの部門では供給過剰が起きており、それは例えばディスカウントストアによって価格を抑える手段として使われている。補助金があっても生き残るのが精一杯という状況は珍しくない。EU予算の1/3以上が農業に使われているのにもかかわらず、だ。その額はドイツでは2019年には60億ユーロを超えている。
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偏った補助金と厳しい種子規制で苦しむのは、特に農家と種多様性、そして気候である。ドイツの国土は現在、ほぼ半分が農地だ。多くの草原果樹園、生垣で囲まれた土手、緑地が単作に転換されている。それによって、何千という植物種・動物種が危機にさらされているのだ。生物多様性の喪失が特に現れているのが畑の雑草である。リストアップされている582種のうち31%がすでに希少なものとなっているか、危機にさらされている。殺虫剤の広範囲な使用によって害虫が耐性を獲得し、有翅昆虫の群れは、この27年の間に3/4減少した。2020年までにドイツの国土面積の少なくとも2%を野生化させるという生物多様性のための国家戦略目標は達成されず、現在の値は0.6%にとどまっている。

専門家は、エコロジーな農業が種多様性と生物多様性を促進する解決策となることに大きな期待を寄せている。この点では今や政治も同様だ。連邦環境省と連邦農業省は、2月に昆虫保護法案を送り出した。これは、草原果樹園や多様な種が生息する緑地といったビオトープを、昆虫のための生息圏として維持しようとするものである。

「申請書を書くことに時間を取られているのに、一体どうやって本来の仕事をしろと言うのでしょう?」


とはいえ、全てが必ずしも有機農業である必要はない。主に畑地が規模を縮小し、多様になる必要があるということなのだ。例えば2つの単作地の間に大きな野道があると、生態系をつないで交流させることは非常に難しくなる。それよりも、多様な植物の間に多くの小道をつくる方がいい。

庭で昼食をとりながら、ノイエンドルフの農婦たちは他にどのような方法があるかを話し合う。食卓にのっているのは畑で獲れた野菜の煮込み料理である。「そもそも教育からして問題なのです」とズージィ(30歳)は言う。ズージィはエーバースヴァルデでエコロジー農業とマーケティングを学んだ。ドイツにはエコロジー農業の学位が取れる課程を設けている専門大学が2つあるが、そのうちのひとつがエーバースヴァルデにあるのだ。「従来ものとは異なるモデルの発想につながるような刺激はなかなかないのです。私が学んだ大学でも、農業は常に大きなスケールで考えられていましたから」。そこでズージィが学んだのは、仕事の大部分は畑ではなく、コンピュータで行われるということだった。補助金や奨励金の申請、精算、納税、年間計画。ひとつひとつの植物に関して、特に有機農業の場合は細かいところまできっちりと説明しなければならない。「野菜畑は1㎡に至るまで厳密に計画しなければならないのです。そうでないと処罰の対象になるかもしれないので」とユーディトは言う。大規模事業所では役所相手の仕事はそれ自体が仕事になるが、ノイエンドルフの事業所のような小規模農家には秘書を雇う余裕はない。皆、畑仕事の後、晩は事務机に向かって過ごすことが多い。「本来の仕事をするために申請書を書くことに時間を取られてしまったら、一体どうやってその本来の仕事をしろと言うの?」とカタリナ(26歳)。
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彼女たちが作り上げた連帯モデルは、収益をあげなければならないという重圧を少しだけ和らげている。それでも、作付が農業システムの厳しい規則に縛られていることには変わりはない。植物品種の所有権を規定する欧州種保護法を守り、毎年、多くの品種の種を外部から購入しなければならない。国からの補助金がなければ、事業の立ち上げ期間をやりくりすることはまだ不可能である。補助金の大部分は面積に応じて計算されるため、大規模事業所はそれで資金的にメリットを得られる。その結果、ひとつの植物種を実際に売り捌ける以上に作付けるところも出てきてしまう。「これは不公平です」とカタリナは言う。「小規模事業所では、1㎡あたりのコストがはるかに大きくなるのですから」。カタリナはエコロジー的な基準も同様に考慮されるべきだと考えている。そして、従来農業の農家が考えを変えられるような、何らかのインセンティブがあるべきだと。

オストブランデンブルクでは、旧来の農家の知恵がもはや通用しない。


商業的な農業もそれを後押ししている気候変動は、結局のところブーメランのように農家に跳ね返り打撃を与えている。オストブランデンブルクでは、旧来の農家の知恵がもはや通用しない。土は乾燥する一方で、そこに激しい雨が降る。だから「ラヴィーネ」では、畑のために自力で「微気候」を作り出そうとしている。畑の周囲を自然の生垣と花をつける植物帯で囲み、そこに昆虫や蜘蛛、その他の植物を棲みつかせることによって、大きめのげっ歯類や畑の作物を食べる他の動物を引き寄せ、ミニ生態系を維持させるのである。害虫はこの緑地帯で捕捉され他の動物のエサとなるので、殺虫剤を使わずとも植物に及ぶ被害を抑えることができる。「去年の夏に、昆虫のガイドブックを手に畑に立った時、とても多くの昆虫種を確認することができて、びっくりしました」とユーディト(31歳)は言う。全員、週に6日働いているが、去年は賃金を受け取ることができなかった。「こんなことができるのは、もちろん立ち上げ期間の間だけです」とカタリナ。「長期的には、補助金に頼らずに安定した経済的基盤を作り上げたいのです」。サラダ菜、曲がったニンジン、砂のついたネギなどが入った野菜箱に囲まれて立ちながら、自分たちがやっていることは正しいという点で皆の意見は一致している。ただ、時間がかかるのだ、と。長期的には、馬用の牧草地、自然保護緑地、花緑地、植樹をさらに拡大していく予定である。今年はヤギも加わることになっている。皆の夢は、地域に同じビジョンを持った仲間が増えることだ。

隣の農家は、すでに数年前から自己の大規模事業所に従来型以外の経済部門を取り込むことに取り組んでいる。別の農家は、有機農地と隣接する畑で殺虫剤の使用をやめた。「ゾラヴィ」の会員申し込みの件数は増えている。空き家が目立つブランデンブルクで、今、新たな小規模農家が次々と誕生している。生き残るために、小規模農家は畑での天敵である「シバムギ」に倣わなければならない。シバムギの「しぶとくて頑丈」という特性は、彼女たちの姿勢そのものなのだ。