仮面の間で均衡をたもちながら

能楽師、宇高通成の教室は京都北部の静かな高級住宅地にある。二月の宵に、寂しく暗くのびる道を歩くと、私たちの息が、顔の前で白い雲を作った。手には地下鉄の自動販売機で買ったばかりのキリンのミルクティー。ほっとする熱さだ。後ろから、「こんばんは」と女性の声がした。夫と、同行してくれた山岡純子と私は、挨拶に応えようとふりむく。リベッカ・ティール=オガモ(小鴨梨辺華)。アメリカ人の女性で、四十年以上も京都に住んでいる。先だっての週末、宇高通成の「神楽」に感銘を受けた際に、劇場で出会った。

上品な装いの彼女は、自転車から降りて目的地までの残りを私たちと歩いた。寒さも感じていないらしい。彼女は宇高氏に師事して師範を名乗る資格も持っている。それでも、月に三回能面教室に参加するときは弟子の顔にもどってしまうのだという。率直な彼女の言葉に、夫も私もよくわかるとうなずいた。私たちは課せられた宿題に取り組むうちに、日本では「弟子であること」がまったく名誉を傷つけるものではなく、逆だということを知った。西欧では芸術家の概念が個人を出発点にしており、職人的なものがしばしば軽んじられ、創造的な独自性にうったえていつも新しいものを、かけがえのない個性を開示することが求められる。それに対して、ここでは個が完全に伝統の中に組み込まれた存在とみなされており、自分自身の表現や、「創造的」であることへの熱意はほとんど抑制されている。

堅牢な理念に身を捧げた者にとって、自由な創造の余地が認められるのは―そんなことがあるとすれば―すでにあるものを完全に身につけてからだ。「まあもう少し現代の芸術家が抽象的な議論よりも『芸』を貴び、昔の芸人のような謙抑な心持ちになってはどうか」。二十世紀の三十年代に、『芸談』という随筆のなかで、思索者の谷崎潤一郎がこう提案している。この有名な論考の中心概念は「芸」ということで、これは次のような意味だ:長期の訓練によって獲得された熟練技能。谷崎は、伝統的な「芸gei」の概念を、近代的で西欧的な「芸術geijutsu」の概念に対置させた。「芸gei」は「Meisterschaft」の、「芸術geijutsu」は「Kunst」の意味である。能の舞台で歌い、踊り、演じ、衣装やまた能面をつけるときに問題になるのは、彼が使う意味での芸gei だ。

西欧では、仮面という言葉に普段どれほどのネガティブな意味を込めているだろうか。「仮面のような」というかたちで、なにか不誠実なものを指したり、「誰かの仮面をはぐ」と言ったり、彼または彼女が「仮面のように硬直している」と言ったり。一九〇八年に出た『生の絨毯』に収められたシュテファン・ゲオルゲの詩が思い起こされる。そこでは仮面舞踏会がはじめは愉快な「仮装大会」として描かれるのだが、そのあと二つの薄気味悪い節でもって終わる。

優雅な紳士淑女たちの誰も

海藻と砂利に沈む彼女に気づかなかった 

けれど春になり彼らが庭に出たとき

池から鈍いざわめきが沸き起こる

戯れの時代の軽快な一団は

底から流れ出る異様なささやきを聞いたことだろう

ただ彼らはだからといってそう驚きはしなかった

波の気まぐれとしか思わなかったから

さて、ではこれまで作られた同形の面すべてとまったく同じ能面を作るために、樹齢三百年の貴重な杉の木に何ヶ月も取り組む弟子たちとはどんな様子だろう。ティールさんは、簡素な工房の引き戸を開けた。床には古びた畳が敷いてある。角に炊事場、屏風、平机と古い座布団。端に小さなストーブがあるけれど、部屋の中は凍てつくような寒さだ。六人の弟子たち―最年少が二十才前後で、最年長はたぶん七十才に届いているだろう―がめいめいの道具類とともに床を分けており、二人の中年の女性たちだけが平机を使っている。彼女らは自分の能面の最後の仕上げをしているのだ。とても美しい、白い女性の顔。小面です、とティールさんが説明してくれる。まだ情熱がどれほど激しくなりうるかを知らない、善良な若い女性人物に使われる。この能面に取り組む者は、無垢というものをとらえるために、世俗的な思考を脱ぎ捨てなくてはならないそうだ。

「きれいでしょう。一緒にコーヒーでも飲みにいってくれそうな感じじゃないかしら。」ティールさんが微笑みながら言う。でもそれから彼女が隠し戸棚からもっと古い時代の貴重な能面を取り出してくると、にわかに幽霊じみた雰囲気が漂いはじめた。増女、曲見、痩せ女、泥眼。他界を見てきたか、またはもう死にとらえられた女性たち。そして本当の恐怖の面:真蛇のように怨霊になってしまった女たちだ。真蛇の面は金歯で小さな角がはえていて、真っ赤な恐ろしい形相をしている。結婚の約束を裏切った僧侶に復讐するために、他界から怨霊となってやってきたのだ。宇高氏は、三十六才という比較的若年にして、はじめて真蛇をやったのだという。演じる前に、話のモデルとなった神社で一晩中瞑想し、幽霊の光景を見たそうだ。このことを話す彼は、まるでちょうど充実した週末のピクニックに行ってきたと語るみたいに、うれしそうだった。

金剛能楽堂での夕べを思い起こしながら、私は、能の役者が舞台背後のいわゆる鏡の間で能面を付け、等身大の鏡をのぞいて神や自分が演じようとしているものに変身した自分をみるとき、どう感じるのだろうと思った。「演じる」というのはたぶん間違っていて、「変身する」が正しいのだ。エズラ・パウンドは仮面に魅せられていた。能面にも、古代ローマの仮面にも。ローマの人々は仮面を「ペルソナ」と呼び、これが「人格Person」という言葉の語源となった。自分を異化し、一段高いものにするということが、芸術の原初にあったのだ。パウンドは一九〇九年に出された初期の詩集に「ペルソナ」という題名をつけた。それから一九二六年に、彼はいま一度後期の詩を同じタイトルのもとに集めて一巻とした。パウンドにとって叙情的な仮面は、過去に結びつくための、また異国の者として、ローマ人として、ルネッサンス人として、唐の詩人として語るための、手続きだった。だが仮面の背後には驚きも潜んでいる。あらかじめ予感された喪失のように。これを示唆しているのが「クアデルニ・ディ・パラッツォ・セラ」の短い詩句だ。

ガラスに映る彼自身の顔の上に

おお、ガラスのなかに奇妙な顔が!

おお淫らな仲間よ、気高い主人よ

おお、悲しみを押し流した わたしのなかの愚かさよ

なんと答えてくれようぞ。 おお、無数のお前たち。

それは努め、たわむれ変化する

戯れ言で、挑戦で、反転だ!

わたし、わたし、わたしなのか。

そしてお前か。

「わたし、わたし、わたしなのか/そしてお前か」この言葉を通した断片化も、自らの鏡像を観察するときの距離感も、自己への問いかけとしての詩的な流れも、ひとつの詩からこれほど精確に明らかにされていることはまれだ。パウンドの詩に、ラカンの鏡像段階論の先駆を見たような気にさせられる。そして思う、ここにもまた、西欧的な思考のちがいが詩の分野においてあらわれている、と。芸術、そして書くこともまた、鍛錬ではなく、自分自身を理解するすべとしてとらえられているのだ。わたしたちは頭が痛くなり、お腹も鳴りはじめた。宇高氏が、トンカツという日本のカツレツを食べにいこうと誘う。「すぐ近くにありますし、お値段もてごろなのです。」彼はこう言って笑った。

翻訳:菅 利恵