かけはし文学賞

かけはし文学賞 © Goethe-Institut Tokyo / Nele Brönner

境界を越えて一方と他方を結ぶ「かけはし」のように、ゲーテ・インスティトゥート東京とメルク (Merck KGaA) が共同で開催する「かけはし文学賞」は、ドイツ語の現代文学とその日本語への翻訳を助成し、日独の間に文学の「かけはし」を架ける活動を行っています。

かけはし文学賞の次回公募は、2023年秋を予定しています。

かけはし文学賞について

2013年の開始以来、隔年で開催されているかけはし文学賞は、ドイツ語の文芸作品とその日本語訳の両方を審査対象としています。翻訳者自身が、現代的なテーマと向き合った、日本で広く紹介すべき文芸作品を提案します。計2万ユーロの賞金は作家ならびに、翻訳刊行を通じて文化交流に貢献する翻訳者・出版社へと授与されます。

メルクはドイツに本社を置くヘルスケア、ライフサイエンス、エレクトロニクスの分野における世界有数の企業です。サイエンスとテクノロジーへのあくなき探究から生まれる革新的な製品・サービスで人々の豊かな暮らしを創造しています。日本においては1968年に現地法人を設立、以来日本に根付いた事業展開を行っています。かけはし文学賞は、現在メルクが世界中で展開している5つの文学支援のうちのひとつです。
 
ゲーテ・インスティトゥートは、ドイツ連邦共和国を代表する文化機関として、世界各地で活動を展開しています。活動の中心となるのは、海外におけるドイツ語教育の推進と、国際的な協力に支えられた文化活動です。ドイツの文化、社会、政治に関する最新の情報を発信することで、ドイツの全体像を紹介しています。また文化・教育プログラムは異文化交流を促進し、異文化体験を可能にし、人と人とのつながりを強めて国際的な交流をサポートします。世界90ヶ国を超える国々で、ドイツという国とその文化に積極的に関わるすべての人にとってのパートナーとして、ゲーテ・インスティトゥートは政治的干渉を受けることなく、自らの決定と責任において活動を行っています。

過去の受賞作品


Preisträger*innen Kakehashi-Literaturpreis 2022 © Goethe-Institut Tokyo
2022 年の「かけはし文学賞」の受賞者は、作家のアルトゥール・ベッカー (Artur Becker) 氏と翻訳者の阿部津々子氏に決定しました。計 7 件の応募の中からアルトゥール・ベッカー氏の『Drang nach Osten(東方への衝 動)』 が受賞対象作品に選ばれました。

アルトゥール・ベッカーは、1968 年、ポーランド系ドイツ人の両親 のもとバルトシツェ郡(ヴァルミア=マズールィ県)に生まれる。 1985 年よりドイツ在住。小説、物語、詩および論文の執筆をはじめ、 翻訳家としても活動している。ドイツ・ペンクラブ、海外在住のドイツ 語執筆者のためのペンクラブ Exil-P.E.N.、および統一サービス産業労 働組合(Ver.di)ドイツ作家組合会員。受賞歴に、シャミッソー賞 (2009 年)、ドイツ・ポーランド連邦協会の DIALOG 賞(2012 年) やニーダーザクセン州文化省の文学奨学金(2017 年)、ドレスデン・シャミッソー・ポエティーク ドツェントゥア(2020 年)ほか多数。小説『Drang nach Osten(東方への衝動)』は、2019 年に weissbooks 社(フランクフルト・アム・マイン )より刊行された。

阿部津々子は、1992 年~1993 年にロータリー奨学生として、フライブルク のアルベルト・ルードヴィヒ大学に、1995 年~1997 年にポーランド政府奨学 生としてワルシャワ大学に、1997 年~2001 年に DAAD 奨学生としてフランク フルト・オーダーのヴィアドリナ欧州大学に留学、帰国後は法務文書の日独翻 訳者として従事しながら、京都の同志社大学に非常勤講師として勤務してい る。2010 年にゲーテ・インスティトゥート東京主催 の文学作品翻訳コンテス トにて、アリッサ・ヴァルザー著の『Am Anfang war die Nacht Musik』を翻 訳し 2 位を受賞。2019 年に論文『侵食される「モデルリージョン」-右傾化するポーランドとドイ ツ人少数民族』にて博士号を取得。

「ポーランドからドイツへ移り住んだ作家アルトゥール・ベッカーは、長編小説 『Drang nach Osten(東方への衝動)』で、東プロイセンのマズーレン地域に生 きた彼の祖父母の足跡を辿る。読む者を惹きつけてやまぬ精妙な語りが、21 世紀の 越境者の経験と戦後ポーランドの国境近くの住民の経験を交差させ、結びつける。 複雑に層をなす歴史を丹念に言葉にしていくことこそが、批判精神に満ちた開かれ たヨーロッパのアイデンティティを立ち上げる契機となることを、本作品は私たちに教えてくれるのである。ドイツおよびポーランドの大学で学び、両国の言語・文化に精通した翻訳者の阿部 津々子氏は、このヨーロッパ文学のまさに理想的な仲介者といえよう。本作品の翻訳は、東欧‐ドイツ関係という日本の読者にとってこれまで疎遠にとどまっていた、今日新たにアクチュアリティを獲得しつつあるテーマに、新たな視点をもたらすことが期待される。審査委員会は全会一致で、様々な位相において時代間、文化間を架橋するこの翻訳プロジェクトが 2022 年のかけはし文学賞にふさわしいとの結論に至った。」

審査委員長
新本史斉 (明治大学 文学部教授)

審査委員
  • 野口薫 (中央大学文学部名誉教授)
  • カティア・カッシング(出版者、翻訳者、Cass Verlag)
  • 金志成 (東京都立大学 人文社会学部准教授)
  • アンドレアス=クリスチャン・ラウ(メルクバイオファーマ株式会社マーケティング部長)
  • ペーター・アンダース(ゲーテ・インスティトゥート東京 所長)
 

審査委員会
審査委員会は2022年4月に開催されました。


アレキサンダー・デ・モラルト

(メルクバイオファーマ株式会社 代表取締役)

本日、ここにメルクとメルク創業家を代表して出席できることを光栄に思います。
メルクは350年を超える歴史をもつ、創業家所有の企業です。

当社は最先端のサイエンスとテクノロジーの企業としてヘルスケア、ライフサイエンス、エレクトロニクスという3ビジネスを展開しています。サイエンスはメルクのあらゆる活動の中心であり、「人類の進歩に貢献する好奇心の追求」をパーパスとしています。

そしてまた、製品やサービスの提供にとどまらず、世界中で60,000人を超える従業員を擁し長い歴史をもつ企業として、世界をよりよいものにするために果たすべき重要な役割もメルクに課されているとも考えています。

このため、当社が取り組む様々なイニシアティブの一つとして、この「かけはし文学賞」を通じたゲーテインスティトゥート様との共同は、異文化と国境の垣根を越えて架け橋をつなぐ大切な取り組みであると考えています。

2014年に遡る本賞の開設以来、私たちはこの共同をより強固なものとし、そして地理的にも対象を広げるべく取り組んでまいりました。

日本はメルクが世界各地に展開する重要拠点の一国であり、日本独自の文学賞を有することはごく自然な発想です。

世界に目を向けると、コロナというパンデミック、ウクライナにおける戦争など、前回のかけはし文学賞以来、私たちは様々なことを経験しています。今年の受賞作品は、現代とは異なる時代を取り扱っていますが、今まさにウクライナで起きている悲劇に通じる事象が描写されています。この作品を通じて、まさに我々は過去の教訓を思い起こすことができるだろうと思います。

本作「東方への衝動(Drang nach Osten)」を通じて、作家アルトゥール・ベッカー氏は迫害から逃れ、自由のために戦う人々の悲しい運命を鮮やかに描いています。マーク・トウェインの言葉「歴史は繰り返さないが、しばしば韻を踏む」のように、まさに今、ヨーロッパで同じことが起きているのを目撃するのは悲しいことです。

だからこそ、私たちは意識を高め、過去の過ちに敏感であることが不可欠であり、これこそまさに文学がもつ意味の一つであると思います。

最後に改めて、ゲーテ・インスティトゥート様に感謝の意を表し、2 人の受賞者に心からのお祝いを申し上げます。日本とドイツにとどまらず、多くの地域と文化を越えた架け橋をさらに強化していきましょう。
ありがとうございました。

Thumbnail Artur Becker Interview © Goethe-Institut Tokyo

2022年かけはし文学賞
受賞者インタビュー:アルトゥール・ベッカー

Thumbnail Tsuzuko Abe Interview © Goethe-Institut Tokyo

2022年かけはし文学賞
受賞者インタビュー:阿部津々子


Kakehashi-Literaturpreis 2020: Kruso, Lutz Seiler
2020年「かけはし文学賞」では、厳正な審査を経て、計17件の応募の中からルッツ・ザイラーの小説家デビュー作 『Kruso(クルーゾー)』 が受賞対象作品に選ばれました。


ルッツ・ザイラーは1963年ゲーラ生まれ。大工・左官の職業教育を経て、マルティン・ルター大学ハレ(ザーレ)にて歴史と独文学を学ぶ。ザイラーは東ドイツ出身、先に詩人としての地位を確立したのち、2014年『Kruso』で作家としてデビューした。数々の文学賞を受賞、主なものにブレーメン市文学賞、ウーヴェ・ヨーンゾン賞、ドイツ書籍賞、2020年のライプツィヒ・ブックフェア賞など。現在、ベルリンとストックホルムを拠点に執筆を行う。

翻訳者の金志成は1987年大阪生まれ。東京およびベルリンにて国際政治経済とドイツ文学を学んだ。2018年からは早稲田大学文学学術院にて教鞭を取る。ドイツ現代文学に関する刊行物多数。ウーヴェ・ヨーンゾンに関する論文で公益財団法人ドイツ語学文学振興会奨励賞を受賞している。近く、ウーヴェ・ヨーンゾンに関する著作『対話性の境界』が法政大学出版局より刊行される。2019年にはトーマス・メレ『背後の世界』を翻訳した。横浜在住。

受賞作家ルッツ・ザイラー氏は東ドイツ生まれ、今世紀のドイツを代表する詩人である。そのデビュー小説『Kruso(クルーゾー)』は、ベルリンの壁崩壊という世界史的事件を題材としながら、首都ではなく文化人の避難先だったバルト海の島ヒッデンゼーを舞台に選んだ。ロビンソン・クルーソーを意識しつつ周縁から祖国の落日を記録して、ファンタジーとリアリズムの間で揺らぐ独自の小説言語を生み出したことが高く評価された。研究者としてドイツ現代文学に造詣が深く文芸作品の翻訳にも実績がある金志成氏は、この画期的な小説の翻訳者に最も適している。

審査委員長
山本浩司 (早稲田大学 文学学術院教授)
 
審査委員
  • イルマ・ラクーザ (スイス人作家・翻訳家、文学研究者、2016年かけはし文学賞受賞者)
  • 副島美由紀 (小樽商科大学 言語センター教授)
  • 関口裕昭 (明治大学大学院 情報コミュニケーション研究科教授)
  • 守田省吾 (みすず書房 代表取締役社長)
  • ローマン・マイシュ (メルクパフォーマンスマテリアルズ株式会社 代表取締役会長兼社長)
  • ペーター・アンダース (ゲーテ・インスティトゥート東京 所長)

審査委員会
審査委員会は2020年5月に開催された。 

ゲーテ・インスティトゥート総裁 クラウス=ディーター・レーマン

文学ほど、社会の姿を映し出し交渉し、相互に伝え、架け橋となる芸術はないといえるでしょう。文化に関する理解なしには世界がますます読めなくなっている現代においては、尚のことです。メルク社とゲーテ・インスティトゥート東京が授与するかけはし文学賞は、日本とドイツの間にまさに文学の橋を架けるものです。17件に上る応募の中から、審査員は今年、ルッツ・ザイラー氏の小説デビュー作『クルーゾー』と翻訳者金志成氏を選出しました。

多くの声を伝え、多様なアイデンティティを描くことができるのが、作家です。翻訳も同様です。翻訳者の並外れたスキルと能力は、外国の作家による外国語の作品を、原作者に劣らぬ創造性を発揮しながら、自分の母語の中に新たに発見していきます。ヴィルヘルム・フォン・フンボルトは「多くの言語とは、一つの事柄に対して多くの名称があるということではなく、同一の事柄に対する様々な見方なのだ。」 と述べています。

『クルーゾー』は、ドイツ民主共和国の終焉というテーマの扱い方においても、また、自由をどう生きるかという問いへの取り組みにおいても偉大な作品であります。『クルーゾー』では、ベルリンの壁が崩壊するまでの数か月が描かれています。その意味で、日本の読者の方々には、ドイツの直近の歴史に触れる機会となるでしょう。東西ドイツ再統一30周年にあたる本年、審査員の方々は実に適切な作品を選考なさいました。

2020年かけはし文学賞の受賞者の方々に心からお祝い申し上げます。



2018年の受賞者、作家クレメンス・J・ゼッツ氏と翻訳者犬飼彩乃氏 © Goethe-Institut Tokyo, Yohta Kataoka
候補 7 作品の中からメルク「かけはし」文学賞審査委員会は、今回の賞をオーストリアの作家クレメンス・J・ゼッツ の様々に議論を呼んだ長編小説『インディ ゴ』と、その日本語への翻訳者犬飼彩乃に決定しました。

クレメンス・J・ゼッツ 
1982年オーストリア、グラーツ市生まれ。グラーツ大学では数学とドイツ文学を専攻。在学中より文学活動をはじめ、2007年に小説『息子らと惑星たち』でデビュー。2011年ライプツィヒ・ブックフェア賞、2019年ベルリン文学賞、2020年クライスト賞など数々の主要な文学賞を受賞。小説や短篇集、詩集のほか、演劇や映画の脚本、英米文学、エスペラント語文学の翻訳など多方面で活躍している。

犬飼彩乃(いぬかい・あやの)
1977年愛知県名古屋市生まれ。国際基督教大学、東京都立大学でドイツ文学を学ぶ。2011年、博士(文学)。2014年より東京都立大学人文社会学部助教。2018年メルク「かけはし」文学賞を受賞し、クレメンス・J・ゼッツ『インディゴ』の翻訳者となる。

オーストリアの作 家クレメンス・J・ゼッツは、「ナード」(オタク)を自認し、これまでのドイツ 文学のお堅いイメージを根本的に塗りかえた。デジタル化時代に合わせてアップ デートされたエキセントリックな彼の怪奇幻想物語は、奇矯なオタク的想像力に よって支えられるばかりではない。遺伝工学やサイボーグ工学などポストヒューマン時代の科学技術の知見を(時には悪びれずにエセ科学までも)貪欲に取り入 れた成果だ。著者自身と同名の一人称の語り手ゼッツが語るオートフィクション 小説は、ファクトとフィクションとのゲームを究極にまで推し進め、ロマン派の ドッペルゲンガーというモチーフにも新風を吹き込んでいる。このドイツ語によ る「ナード」文学は、ハイテクと「オタク」文化で世界に先んじる日本の読者に も大いに訴えかけるのはまちがいない。 優れたドイツ文学研究者である犬飼彩乃が卓越した翻訳者でもあることは、試訳 の正確かつ生き生きとした言葉づかいを見ればわかる。ポップカルチャーやデジ タルカルチャーからの隠された引用の典拠を丁寧に突き止めるなど、犬飼はまさ に「おたく的」調査力にも秀でている。以上の理由から、審査委員会は全会一致 で、第 3 回メルク「かけはし」文学賞を作家クレメンス・J・ゼッツと翻訳者犬飼 彩乃に授与することを決定した。

審査委員長
山本浩司 (早稲田大学教授)
 
審査委員
  • 土屋勝彦(名古屋学院大学教授)
  • 関口裕昭(明治大学教授)
  • 野口薫(中央大学名誉教授)
  • イルマ・ラクーザ (作家、2016年かけはし文学賞受賞者)
  • ラルフ・アナセンツ(メルク株式会社 代表取締役会長兼社長)
  • ペータ ー・アンダース(ゲーテ・インスティトゥート東京 所長)
顧問
ハイケ・フリーゼル (ゲーテ・インスティトゥート、ミュンヘン本部の文学・翻訳助成部長)

メルク社の言葉

2018年11月15日 東京にて
ヨハネス・バイロウ
E.MERCK KG経営委員会副会長
"当社がメルク・グループとして、また一企業として大切にしているのは、企業活動を展開する国々の人々や文化をよりよく理解すること、そしてその国の人々に当社の本拠地であるドイツの文化に少しでも親しんでいただくことです。また私個人にとっても、このような文化活動は意味深いものです。なぜなら、優秀な管理職は、専門分野に精通していればいいというものではないと思うからです。変化し続ける条件の下、異なる文化圏で長年にわたって成功するためには、井の外を見る蛙であることが求められます。文学と向き合うこともそのような歩みの一部なのです。"


2016年の受賞者、作家イルマ・ラクーザ氏と翻訳者新本史斉氏 © Goethe-Institut Tokyo, Yohta Kataoka
審査委員会の全員一致の決定により、第2回メルク「かけはし」文学賞は14件の応募の中から、イルマ・ラクーザの回想録『もっと海を』と、その翻訳者である新本史斉氏に授与されました。

イルマ・ラクーザは1946年1月2日にリマフスカ・ソバタ(スロバキア)で生まれた。ブダペスト、リュブリャナ、トリエステに住んだ後、1951年に両親と共にチューリッヒへ移住した。1965年から1971年までチューリッヒ、パリ、サンクトペテルブルクでスラブ学とロマン文学を学んだ。1971年から1977年まではチューリッヒ大学のスラブ学セミナーでアシスタントとして、その後は非常勤講師として働いた。また、フランス語、ロシア語、セルビア・クロアチア語、ハンガリー語の翻訳を行っており、NZZ(新チューリッヒ新聞)やDie Zeit(ディー・ツァイト)の評論家でもある。さらにDeutsche Akademie für Sprache und Dichtungの会員でもある。現在はフリーの作家としてチューリッヒに在住している。

新本史斉は津田塾大学教授(ヨーロッパ文化論、ドイツ語文学、翻訳論)。1964年9月10日広島生まれ。
略歴:
1990年東京大学大学院人文科学研究科独語独文学専攻修士課程修了
1992/93年パーダーボルン大学留学
1993年東京大学大学院人文科学研究科独語独文学専攻博士課程、単位取得後退学
2002/03、2009/10年ルツェルン大学(スイス)サバティカル休暇
2010年ー津田塾大学学芸学部国際関係学科(ドイツ文学)教授
研究分野はドイツ語圏近現代文学、スイス文学、翻訳論。

審査委員長である土屋勝彦教授は、グローバルな時代において「越境性」という概念がますます重要になっているという点から今回の受賞決定を根拠づけています。イルマ・ラクーザはドイツ語圏の最も重要な越境作家のひとりであり、その代表作『もっと海を』は、文学批評家たちによれば、詩的言語の美しさ、ジャンルを超えゆく作品の有意義性、深遠な越境的経験という三つの特徴で際立っています。読者は、語り手とともにヨーロッパ諸国を旅行しながら、さまざまな言語・文化経験を共有し、青春期の追憶のあとを追っていきます。日本の読者は、いつの間にかヨーロッパ史と日本史の共通性と亀裂を追体験することになります。このように、イルマ・ラクーザ作品の翻訳は、日本の読者に、諸言語と諸文化の境界を越えゆく作家の声と歩みに触れる絶好の機会を与えてくれます。さらに提案者である新本史斉氏はイルマ・ラクーザの本を熟知し、すでにいくつかの翻訳を出版しており、作家の追憶断想の最適な翻訳者のひとりと見なすことができます。他にもいくつか興味深い応募案件がありましたが、審査委員一同、全員一致で今回彼の提案を受賞案と決定しました。

審査委員長
土屋 勝彦(名古屋学院大学教授)

審査委員
  • 初見 基(日本大学)
  • 羽根 礼華(中央大学)
  • 野口 薫(中央大学名誉教授)
  • 山本 浩司(早稲田大学)
  • ラルフ・アナセンツ(メルク株式会社 代表取締役会長兼社長)
  • バルバラ・リヒター=ヌゴガング博士 (東京ドイツ文化センター)
顧問
ハイケ・フリーゼル (ゲーテ・インスティトゥート、ミュンヘン本部の文学・翻訳助成部長)


2014年の受賞者、作家アルノ シュミット氏と翻訳者和田洵氏  © Goethe-Institut Tokyo
16件の応募を審査した結果、第1回メルク「かけはし」文学賞(現「かけはし文学賞」)は、アルノ・シュミットの実験的小説『ポカホンタスのいる湖の風景』とその翻訳者和田洵氏に授与することに、審査委員の全員一致で決定しました。
メルク社とゲーテ・インスティトゥートは、2014年秋に第1回メルク「かけはし」文学賞(現「かけはし文学賞」)を授与しました。この賞は、ドイツ語作家を表彰し、その作品の日本の読者への紹介を助成するものです。

アルノ・シュミットは1914年にハンブルグで生まれ、高校を卒業後商業見習いを経て1937年から1940年までグライフェンベルク(シュレージエン)で働いた。1940年から45年まで主にノルウェーへ従軍。1947年からザールラント、ダルムシュタットなどでフリーランスの作家として生活し、1958年からはバルクフェルトに住むようになる。1979年死去。

和田洵は1987年3月15日栃木県生まれ。都内区役所に在職。2005年から2013年まで早稲田大学でドイツ文学を学び、修士課程を修了。2013年に発表した修士論文の表題は「2冊のフォトアルバムーアルノー・シュミットの層なす世界」。

メルク「かけはし」文学賞の審査委員会は全会一致でアルノ・シュミットの実験的作品『ポカホンタスのいる湖景』(1953)とその翻訳者である和田洵を受賞者に選定しました。縄田雄二審査委員長は、今回の決定を、年を追ってますます新しいアルノ・シュミットの実験的文学の現代性、及びすぐれた註を付した和田洵氏の試訳を評価した結果であるとし、次のように述べています。「和田洵氏は、シュミットの現代性とその創作の価値を示すのに成功した。シュミットは今や世界中で読まれているが、賞金による出版助成により、代表作のひとつ『ポカホンタスのいる湖の風景』を日本の読者もようやく読めるようになる。」
賞金のうち作家に授与される分は、シュミットの遺産管理機関であるアルノ・シュミット財団に授与されます。

審査委員長
縄田雄二 (中央大学教授)

審査委員
  • 山本浩司 (早稲田大学教授)
  • アルネ・シュナイダー (ゲーテ・インスティトゥート・ミュンヘン)
  • バルバラ・リヒター=ヌゴガング博士 (東京ドイツ文化センター)
  • カール・レーザー博士 (メルク社日本法人代表取締役)

メルク社の言葉

2014年10月17日 東京にて
KARL-LUDWIG KLEY、元CEO
メルク社(ドイツ、ダルムシュタット)

"そこで私たちは、メルクかけはし文学賞を通し、この状況を変えていくことに貢献していきたいと思っています。価値あるドイツ現代文学が日本語に翻訳されることを、支持推進していきたいのです。"

お問い合わせ

ゲーテ・インスティトゥート東京 図書館
Tel.: +81 3-3584-3203
bibliothek-tokyo@goethe.de